仮想通貨は何故失敗したのか――観測貨幣理論から見る失敗の原因(Why Cryptocurrencies Failed: An Analysis Through the Lens of Observed-Currency Theory)

仮想通貨、発想は面白い通貨だったが、今や誰が見てもピーキーに跳ね回る投機家の玩具。

理念は面白い。

『既存の中央銀行を置き換える、P2Pの電子通貨』

一般の電子マネーのように、既存の各国の通貨に依存しない、全世界で流通できる通貨の実現。

だが現実は、“投機市場の化け物”と言わざるを得ない。

何故こんなことになったのか?

何やらこれは経済界の謎らしいが……日本の江戸時代の人は、当然のように誰もがその答えを知っていた。

『金は天下の回り物』

――つまるところ、『天下を回らない金なんぞ金じゃない』

これに尽きる。

だが、江戸時代の言葉で仮想通貨の失敗を説明するのは少々難しいので、今回は私の作った新理論、『観測貨幣理論』を用いて、仮想通貨が何故失敗したのかを紐解いていきたい。

 

価値の源泉はどこにあるか

――書き出しておいてなんだが、『観測貨幣理論』を理解してくれた読者諸兄には、ちょっと今更過ぎて説明するのも恥ずかしい内容の気もするが、結論から行こう。

 

仮想通貨の失敗、それは『価値のある場所』を勘違いしたことに尽きる。

 

価値の本質は『商品』の側にある、貨幣の側ではない。

仮想通貨は、そこを全力で勘違いした。

『上限2100BTC

これが、仮想通貨がどうやっても破綻する最大の理由である。

何を考えたかは分かる、『希少性のあるものは価値が高い』、つまり『希少性のある通貨は高い価値を持ちうる』――そう考えたのだろう。

それは、例えば宝石なら正しい。

だが、貨幣では致命的に間違っている。

現代人の多くは、おそらく『金貨』がかつて世界を支配した理由を、こう思っている。

『金が希少で価値があったから、世界で通貨として通用したのだ』――と。

これは、半分は正解で、半分は間違っている。

確かに、『金は希少で価値があった』から、世界で通貨として通用した。

だがこれは、同時にこう言う事も出来る。

『世界に十分な供給量があったから、世界で通貨として通用した』――と。

当たり前の話だ。

金が全く産出しない、金貨なんて影も形もない国に行ったら、金は『宝飾品』としては価値を持っても、『通貨』として価値を持つことはあり得なかった。

金が『通貨』として価値を持った理由、それは希少性ではない。

当時の経済規模に対して、『通貨として成立する十分な供給量』を確保できたからだ。

うん、希少性の高さで『貨幣としての価値』が決まるのなら、貨幣にはダイヤモンドとかルビーが採用されたはずだ。

だが、実際に採用されたのは『金』だった。

これは、加工のし易さとかも勿論あるだろうが、最大の理由は、『希少過ぎなかったから』だったと言えるわけだ。

むしろ、『素材自体の価値』で取引をする時代で無くなったなら、『素材の価値』は通貨に対して邪魔になる。

現代は『信用貨幣』の時代であり、『素材の価値』で取引を成立させる時代ではない。

よって、こういう事が出来る。

『貨幣本体の価値』は、低ければ低いほど良い、と。

仮想通貨は、全力でこの逆方向に突き進んだ。

これが、仮想通貨が投機家の玩具になっている、最大に理由である。

 

通貨の役割

通貨の役割とは何か、これを問えば、誰もが答えを間違えることはないだろう。

『取引を成立させること』、これが通貨の役割である。

裏を返せば、『取引を成立させられない』通貨は、通貨としての機能がないことになる。

そして当然の話ではあるが……『それ自体の価値が高すぎる通貨』を、支払いに使おうと思う人間はいない。

何故か? 持ってる方が得だからだ。

商品の価値より、通貨の価値が高いのでは、取引が成立するはずがない。

でも信用貨幣だって価値が高いのに、取引は問題なく成立しているじゃないか、と思うかも知れない。

だが、信用貨幣は『貨幣自体の価値』は存在しない。

何かの購入を行うとき、『いや、でもこれはお金を払ってまで欲しいか?』と考えるのは、『貨幣の価値』を惜しんでいるからではない、『その貨幣で出来るかも知れない、次の取引の価値』と天秤にかけているからだ。

つまり、信用貨幣は『取引出来る』という価値のみで評価されているのだ。

誰も『この貨幣は素材的に実に価値が高いから、使うのが惜しい』とか思ってない。

ここまで言えばもうお分かりだろう。

 

信用貨幣の貨幣としての最大の価値、それは『無価値であること』なのだ。

 

無価値だから、『取引のみ』の価値で考えることが出来る。

無価値だから、『他の取引機会の可能性』とだけ比較される事が出来る。

無価値だから、『経済の状況判断』に合わせて、いくらでも作る事が出来る。

信用貨幣最大の価値は、『それ自体に価値が存在しない』ことなのだ。

 

無価値な通貨の価値を支えるもの

さて、『通貨に価値が無い』と言われると、『なら何で取引が成立するんだ』と思う人もいるかも知れない。

――が、実はそこに大した理由はない。

何故なら、『大勢が取引に使えると思っている』という信用によって、取引に使えるだけだからだ。

貨幣の本体の価値は関係ない、大勢の信用が取引できるという機能を支えてる貨幣、まさに『信用貨幣』というわけだ。

だが、価値を支える物は存在する。

それが、『その貨幣で取引できる、様々な商品やサービス』だ。

例えば、何故日本円に価値があるのか、と言えば、『日本国内の商品・サービスと交換できる』からに他ならない。

米ドルだろうがユーロだろうが、『欲しい商品やサービスと交換できる』から成立している。

つまり、価値の本質は貨幣ではなく、『商品やサービス』の方にあり、貨幣がその価値に干渉しないためには、貨幣その物は出来るだけ無価値な方が良い、というわけだ。

私が私の理論に『観測貨幣理論』と名前を付けた理由もここにある。

 

観測貨幣理論では、価値は事前に貨幣に備わるのではなく、『取引』という行為(価値の観測)を通じて後から確定する。これは量子観測の比喩をベースにした概念なのだ。

 

取引の瞬間にのみ貨幣は価値を持つ、それを示す名前が『観測貨幣理論』なわけだ。

では、貨幣本体には全く価値を支える要因がないのか? と言ったら、そんなことはない。

 

貨幣本体を支える価値、それは『経済を循環』することだ。

 

いや、それは貨幣の前提であって価値ではない、と思うかも知れないが――考えてもみて欲しい。

そもそもその『前提』を現代の貨幣は満たしているだろうか?

仮想通貨は、投機家の玩具として金融市場で価値が上下するばかり。

国家の発行する貨幣さえ、大企業や富裕層の貯蓄・投資として金融市場に積もるばかり。

『市場を流通している貨幣』なんて、全体から見ればほんの雀の涙に過ぎない。

つまり、現代の貨幣は『貨幣であることの前提』さえ満たしていないのだ。

大勢が『この通貨は使える』と信用しているから、流通はしている。

だが、貨幣としての前提は満たせていない。

市場を流通している僅かな貨幣が、金融市場に積もるばかりの、膨大な貨幣の価値を支えているわけだ。

うん、現実の経済が歪むわけである。

――と、仮想通貨の話から逸れていた。

では、仮想通貨は本当に成立しないのか?

どうしたら成立するのか?

答えは簡単、現状の逆をやればよい。

次は、仮想通貨を実現するには何が必用か、そこのところについて少し触れてみよう。

 

仮想通貨の実現条件

現代の仮想通貨は、通貨という存在のありように対して、全力で逆走している。

なのでまぁ、やるべきことは現在とは真逆にになる。

まず、『発行制限』を止めて『投機的な価値』を0にする。

うん、貨幣その物に価値を持たせようとして、発行量に制限を付けるから、投機家の玩具になるのである。

 

発行量は無制限、必要ならいくらでも新規発行を実行する。

(無制限というのは、開始と同時に無制限にするという事ではなく、利用範囲・市場規模に合わせて増刷し、上限を設定しない、という意味)

 

これが『仮想通貨』が実現する絶対条件になる。

まぁ、無制限が嫌なら、上限を100BTCにするとかでも良い。

うん、今は上限2100BTCだが、単位で言えば『万』『億』『兆』『京』『垓』となるから、大分増えることにはなる。

うん、これで足りるかは知らないが、まぁ、バカげた上限を設定することになるのは間違いない。

理由は簡単、『経済は成長していく』からだ。

固定上限を付けたりしたら、どこかで『通貨需要』に追いつかなくなる。

うん、『金貨』が破綻したのはこれが理由で、仮想通貨にまったく成立の目途が立たないのもこれが理由だ。

そして次にやるべきことは、

 

現実の商品・サービスと結びつける。

 

これに尽きる。

うん、現実の商品・サービスと結びついていなければ、当然だが誰も使わない。

ただ無制限にあるだけで、商品もサービスも買えないのでは、その辺の石ロコと同じである。

そして現実の商品とサービスが結びついたら、ようやく最終段階へ進むことが出来る。

それは、

 

とにかく大勢に使ってもらうこと。

 

これをもって、仮想通貨は『本物の理想の通貨』となることが出来る。

中央銀行の信用?

そんなものは不要だ。

大勢が『これは貨幣として利用できる』という信用さえあれば良い。

信用貨幣の信用とは、本質的には『中央銀行の信用』ではなく、利用者の『これは利用することが出来る』という信用なのだ。

うん、ビットコインの理念、『既存の中央銀行を置き換える』という理想だけは、通貨の本質を突いていたと言える。

中央銀行が発行していれば、確かに国内で『商品やサービスと交換できる』という信用は得やすくなる。

が、要はそれだけだ。

中央銀行が発行しようと、欲しい商品・サービスが無ければ価値は無いし、商品・サービスがあっても、『これは欲しいものと交換できる』という信用を得られなければ、紙くずにしかならない。

逆に、発行主体が関係ない第三者であろうと、その信用さえ勝ち取れれば、通貨として流通することになる。

――まぁ、その信用を勝ち取るのが難しいわけだが。

ともあれ、仮想通貨の理想その物は実現可能だ。

それが技術的・信用的にどれほど困難かはまぁ……私の知る所ではない。

うん、とても大変そうだとは思うが、まぁ、いずれは実現するのかも知れない。

(もっとも、実現したとしても、発行主体が一つでは各国の経済状況に合わせた発行は無理だから、結局は国の中央銀行の発行した通貨の方が、国の実情に合っている、という理由で国内流通は中央銀行に任せるのが現実的ではあると思うが――国際決済通貨なら便利だとは思う)

 

まとめ

というわけで、『仮想通貨は何故失敗したのか』だった。

観測貨幣理論を読んでくれた読者なら、もうお分かりかも知れないが――

『信用貨幣最大の価値は無価値であること』だ。

貨幣本体の価値がゼロであることによって初めて、貨幣は素材の価値から独立した『純粋な経済の媒介』として機能することが出来る。

うん、『観測貨幣理論』『黄金の呪い』を読んでくれて、既に理解してくれている読者諸兄なら、『いやそんな当たり前のこと、今更言われても……』という内容だったかも知れないが、まぁ、なんか仮想通貨が乱高下しているなぁ、とニュースで見たので少し書く気になったりした。

ニュースを見て、何となく『熊の話書くかぁ』とか『仮想通貨の話書くかぁ』とか思っている、中々の行き当たりばったりぶりな記事編成である。

なので、XDMで『これなんでこうなるの?』な質問があったりしたら、案外拾ったりもするかも知れない。

まぁ、分かる事しか分からんので、質問を受けても答えが返ってくると期待されても困るわけだが、ダメ元で?

うん、まぁ、趣味で運営しているブログなので、何を拾うかも不明だし、これからの季節は雪道のパトロールで忙しくなってちょっと更新無理、とかも普通にあり得るし、時間が経った頃に唐突に答えが思いついて『今更だけどあの質問扱うかぁ』とかも普通にあるかも知れない。

そんな感じでグダグダに運営されているブログだが、興味を持っていただけたら、Xフォロー/はてな購読をして貰えると嬉しい。

 

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なお、大学生が卒論シーズンなので、もうちょっと経済・文化・政治・思想ネタを中心に扱っていこうと思うが、年明けくらいにはまた料理とかスィーツとか、ちょっと旅行、みたいな記事をやれたらなぁ、と思っているので、そういうのが好きな人はちょっと気長に待ってもらいたい。