解散総選挙が近づいてきた。
――が、私は特に支持政党とかを表明するつもりは無い。
うん、私のブログは基本的に『構造論』を中心にしており、『感想』は個人の体験に限定しているため、選挙という社会的な活動にブログとして記事を出すと、立場がブレてしまうのである。
加えて言えば、私は構造的に現代の政治システム自体が脆弱に過ぎると考えており、構造・システムで評価したら選挙と政治のシステム自体を『古代から進化してない』で整理して『現代社会で維持するのは惰性でしかない』で切って捨てて、合理的なシステムの提案に入ってしまう。
なのでまぁ、選挙前にだせる選挙関係の記事は知れているのだが……それでも振れられるテーマは無くはない。
それは『民主主義の合理性』だ。
うん、選挙前に制度批判をしてもどうにもならんので、合理性の分析へ進むわけだ。
民主主義は普通、『より良い政治を目指すために、国民が代表を選ぶシステム』だと認識されているかも知れない。
だが、現代民主主義の合理性はそこにはない。
証明は考えるまでもない。
これまでの日本人の経験から分かるだろう。
民主主義は悪政を防ぐことは出来ていない。
なら、民主主義の合理性とはどこにあるのか?
そんなわけで今回は、私がこの状況で唯一触れられる政治記事、『民主主義の合理性』について触れていきたい。
政治的合理性に欠ける政治制度
さて、一口に『政治制度』と言っても色々ある。
・君主制・貴族政
・共和制
いくつかを複数組み合わせたりもするので、ここに書いているより随分細かく分かれると思うが、政治制度は国の事情によって様々だ。
では、この中で『一番優れた実績』を出せそうな制度はどれだろうか?
現代人ならここで『民主主義』や『共和制』を挙げたくなるだろうが……構造的に考えれば答えは『君主制』や『貴族政』という事になる。
うん、君主制や貴族性は、いかにもダメな権力者が世の中を支配していそうなイメージがあるが、それはあくまで現代の娯楽作品からくるイメージだ。
実際にダメである記録もあるが……では現代の政治家が、確実にそれより素晴らしい政治が出来ているか、と言えば大きな疑問符がつかざるを得ない。
うん、現代の世界中のあちこちの国の経済が追い詰められているのも、かなり力業で進められた移民受入れ政策も、どう考えても現代の政治システムが良い政治を実現できていない証明だ。
実績面だけで考えても、別に民主政や共和制に、政治機能として君主制・貴族政への優位があるとは思えないが、構造を考えるとそれも仕方ない、となるのが民主政だ。
当たり前だが、君主制・貴族政は、『政治に携わる人間』に高レベルの教育を施して、能力と人格を磨かせることで、政治を安定させようという政治システムだ。
当然、要求される水準はそれだけ上がることになる。
だが、民主政は違う。
確かに、『有能な候補者』は民主政でもいるだろう。国民という圧倒的な母数を持ってすれば、個人を磨くだけの君主制・貴族政が作り出す『政治家』を、能力的に上回る人間はいるはずだ。
――だが、そんな優秀な人間はまず選ばれない。
何故なら、『代表を選ぶ』のは国民だからだ。
未来を見据えた成長戦略や、高度な知見からの主張は、大多数の理解と支持を集めるのが難しい。
大抵は、分かり易い発言をしている人間が、支持されることになる。
つまり民主主義で選ばれる政治家の水準とは、『国民の政治意識と政治能力』に大きく左右されることになるわけだ。
別に政治為のの教育を受けたわけでもない大多数の国民は、高確率で、その為の教育を受けた人間の政治能力を下回る。
うん、代表例はフランス革命だろう。
フランス革命でフランスは王政を打倒したが、その後にやってきたのは知っての通り、『恐怖政治』である。
うん、なんか『フランス革命で国は民主主義となり、人々は平和に暮らしました、めでたしめでたし』な謎の話を聞くことも多い気がするが……確かに当時の貴族政治は腐敗していたにせよ、では共和制が上手く行ったのかと言われれば更に悪い恐怖政治が発生、最終的にはナポレオンの帝政に繋がっていったわけだ。
つまり、民主主義は国民全体の政治レベルに大きく依存する……けれど、国民は基本的に政治の専門教育なんて受けているはずがない。
よって、どちらの方がよりマシな政治家が誕生する可能性が高いか、という話で言うのなら、おそらくは君主制や貴族政になるわけだ。
だが、では民主主義が非合理であるのか、というとまた別の話になる。
何故、今現在において、多くの国で民主主義が採用されているか――それはより良い政治を目指した結果ではない。
最悪を回避するための選択だったのだ。
民主主義の利点
さて、『利点』というのはあらゆる『期待』や『希望』や『願望』をそぎ落として、最後に機能として残ったものだ。
うん、期待や希望や願望が『利点』になり得るのなら、宝くじで1等取って3億円とか6億円当てるのは『宝くじの利点』になるが、そんなはずはない。
宝くじで1等を当てるのは、再現性の無いただの奇跡だ。
民主主義で素晴らしい政治家を引き当てるのも同じ。
民主主義は一応、国民の意思に結果が左右される設計にはなっているので、再現性が皆無というわけでは無いかも知れないが、それは『国民の意思』に左右された再現性であり、『制度の機能』としての再現するわけでは無い。
こうなると『民主主義の最終的な責任者は国民なのだから、ダメな政治家が選ばれても国民の責任である』という主張は出るだろう。
これは正しい。
民主主義は国民に国の政治の最終的な責任を委ねているので、確かにダメな政治家が誕生しても、それは国民の責任ではある。
ただ、ダメな政治にも2種類ある。
・民意を無視した政治
・民意に従った結果、ダメな結果を招いた政治
後者は国民の責任だが、前者は民主主義の理念を無視している。
では、民主主義の理念を無視した政治家はどうなるのか?
『落選』するのである。
そして、これこそが『現代民主主義』における『唯一の利点』だ。
ダメな人間が政治家になった時、革命ほどの危険も労力も無く、誰かの命を奪う事もなく、血を流さずに政治家の首を挿げ替えることが出来る。
優れた政治家を選ぶ機能などない。
優れた政治を約束する機能もない。
民意を政治に反映する機能もない。
ダメな政治家が出た時に、その首を挿げ替えることが出来る。
これが、現代世界の多くの国で行われている、民主主義という政治システムの唯一にして最大の機能であり、利点だ。
言っておくが、私はこれを非常に高く評価する。
理由は簡単、人は間違える生き物だからだ。
そして民主主義は、間違いを最も許容するシステムだからだ。
他のシステムは、政治家が間違えた時、その間違えを政治家本人が認識し、分析し、対応しなくてはならない。
これは非常にコストが高い。
人はどんな立場であれ、大抵の場合『自分の間違い』を認めるのは苦しいからだ。
真に有能な指導者なら、間違えに気付いた瞬間に分析に入り、対応を考えるだろう。
そして、全ての王・貴族がそんな人間ならば、おそらくは君主制は打倒されなかった。
うん、全ての世代で名君が続くなら、そりゃあ国民は王を敬愛しているだけで良いし、王は10年後、20年後と言わず、半世紀先まで見据えた手を打つことも出来る。
これほど素晴らしい政治システムは無い。
だが、現実にはそんな理想は起こりえない。
名君が語り継がれるのは、そんな君主が少ないからなのだ。
だからこそ民主主義が大きな意味を持つ。
民主主義は、一番高コストな『間違いを認める』を、選挙に委ねて政治家個人から切り離しているのだ。
これが、私が機能面から考える『民主主義の合理性』である。
実に夢の無い話だ……
だがそれで良い。
夢見がちな理想主義を機能として実装すれば、間違いなく事故る。
素晴らしい政治家を夢見るのではなく、ダメな政治家を切り捨てる現実を選んだ。
より良い政治を目指すギャンブルよりも、無難な政治を選ぶ現実主義。
民主主義は、その意味で極めて合理的な政治システムなのである。
私が現代民主主義を『古代から進化していない』と評する理由
そんなわけで私は、『民主主義』というシステムを低く評価はしていない。
むしろ、最悪回避のシステムとしては高く評価している。
だがそれはそれとして、『民主主義というシステム』が、古代から現代までまるで進化していない、とは思っている。
例えば『代表の選出』だが、これは古代ギリシャや古代ローマ頃に比べて『元老院』といういわゆる貴族院こそ無くなったし、当時に比べて性差や財産の有無による政治参加への影響力こそ変わったが、『代表を選出』して彼等に政治の意思決定を委ねる、という仕組みは変わっていない。
『多数決』にしても、これは古代ギリシャや古代ローマの頃から、何も変化していない。
『大勢の意見は大勢の意思が反映されている』と言えば聞こえは良いし、『大勢が正しいと考えた方が概ね正しい』と言えばそれっぽいが、これはつまり『より良い意見をまとめられない時に、一番大勢に責任が分散できる』だけの決定方法でもある。
つまり、情報量も、情報処理も、社会規模も、技術水準さえ爆発的に向上したのに、判断方法だけは据え置きになっているのだ。
当時は『それしか合理的手段が無かった』からその手段が採用された。
それは分かる。
だが現代は?
昔からこうだった、昔からの実績がある、以外に今の方法を継続し続ける理由とは存在するのだろうか?
民主主義で政治を動かす、という現実認識も大して変わっていないように見える。
確かに、昔に比べて性差や財産といった選別の基準は撤廃され、より広い意志を政治に反映できるようには変化した。
だが、それは『政治的合理性』というよりは、『人権』というの他の思想による影響だ。
確かに『教育水準』は上がった、だが国民に最小単位の政治家であることを求める民主主義というシステムを構築しながら、国民の側に『政治判断の教育』は行われていない。
古代の民主主義は、おそらく『民主主義が国民に最小単位の政治家であることを求めるシステムである』なんて意識はなく、ただ漠然と『大勢の意志を反映する政治』として作られた。
だが、現代もそこから一歩も脱却できていない。
だから現代民主主義は『最悪を回避するシステム』としてしか機能しない。
最初から『政治を良くするための土台整備』を放棄しているためだ。
膨大なデータは存在する、電子機器の発展はシミュレーション性能も向上させた、AIは情報の整合性さえ確認できる。
判断を補助する方法は無数に整備された。
だが、いまだに国会は、代表質問があり、それに答弁が行われ、それにヤジが飛んだりする?
これ、国の意志決定は、古代ギリシャ・ローマの時代の時代から何が進歩したというのだろうか?
人間は間違える、そして民主主義はその間違いを正すことが出来るシステムである。
これは良い。
では、『間違えを減らすための設計』は何か加えられているのか?
現代の国会答弁を見て、『これは政治的間違いを減らす工夫が凝らされている』と感じる人がどれだけいるのか?
私は『民意』を反映する政治システムとして、『クラファン型政治システム』を以前に提案はしている。
だが、これはそれ以前の問題だ。
民主主義はそもそも古代から進歩しておらず、その価値を“民意を反映できる政治システム”と誤解されつつ、実態は“古代に作られた非常停止装置”のまま、
うん、国民は確かに議員を選出するが、その議員が“民意を反映しない活動をすることが多い”なんてことは、今さら説明するまでも無いだろう。
民意を反映すると熱弁出来るのは野党の時だけで、政治の実権を握れば、安泰なその期間は“民意”を盾に好きに振舞える。
無論、政治家全員がそう振舞っている、と主張するつもりは無い。
この人は真面目に国民のために頑張っている、と主張できる政治家もいるだろう。
だがそれは“政治家個人の資質”であり、つまりは『君主制にも名君はいる』と主張するのと変わらない。
私はシステムを提案する側として、“個人の資質”など提案の前提に入れない。
最悪の人間しない無くても、それでも最低限機能するし、本当に二進も三進もいかない人間しかいないなら、好き放題させることなく速やかに緊急停止できる。
システムとはそうあらねばならないからだ。
まとめ
というわけで、選挙が近いから選挙記事をやりたいのに、システムや構造を取り扱うブログとしては選挙活動の記事にしてしまうと範囲が逸脱するので、『民主主義というシステム』についての記事にしてみた。
うん、私は現行の民主主義を批判はする。
だが反民主主義というわけでは無い。
むしろ、現代の民主主義の設計が古すぎて、意思決定システムとしても、民意を反映する仕組みとしても、暴走時の緊急停止システムとしても、どれもこれも現代という時間の流れの要求水準に届いていない、と言っているのだ。
ハッキリ言って、私の提案する民主主義システムの実現は難しい。
何故なら、国民が政治の実権に近づくというのは、『政治家の持つ権力』を基本的に削ぐ形になるからだ。
そして、その政治家が現代の決定権を握っている限り、基本的には実現困難である。
うん、民主主義の理想を実現するという事は、政治家の権力を削ぐことであり、実現する前の実権を持っている政治家が『自分の権力を積極的に削ぐシステム』に舵を切ろうというのは、よほど未来を見通して、未来に繋がるシステムを構築する意思がある人間だけだ。
けれど、いずれは民主主義は、そちらへ向かうしかなくなる。
何故なら、古代ギリシャ・ローマ時代から進化しない方式では、巨大な国家の意思決定システムとしてはあまりに不完全かつ不合理だからだ。
基本的に、権力者が権力を放棄するのは、このままでは国が終わるという状況で、かつその権力者に先見の明があった場合のみだが……それでも、民主主義の実権は名目上であれ何であれ、国民にある。
なので、その状況が発生する前から、『今の民主主義は何が問題であるか』だけでも、認識しておくことには意味がある。
というわけで、取り敢えず選挙が近い状況に合わせて、民主主義についての記事を書いてみた。
民主主義は悪いシステムではない。
掲げている理想も悪くない。
だが、現行のシステムはその理想に遠く届かないし、仮に良い政治が行われたとしても、それは現行の民主主義システムにおいては政治システムが良かったのではなく、君主制の政治において名君が生まれたのと大差ない幸運に過ぎない、という事は認識しておいた方が良いのではないだろうか。
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質問集
・この記事を要約してください。
https://circulation-thought.hatenablog.com/entry/2026/01/19/120938
・この記事の示す歴史的知見は正しいですか?
https://circulation-thought.hatenablog.com/entry/2026/01/19/120938
・この記事は民主主義が古代ギリシャ・ローマから進歩していないと主張してるが、現代の民主主義との共通点を具体的にしてください。
https://circulation-thought.hatenablog.com/entry/2026/01/19/120938
・この記事は本当に反民主主義的内容を含んでいないのですか?
https://circulation-thought.hatenablog.com/entry/2026/01/19/120938